意識改革よりも何も考えずにできる方法を考えたほうがいい理由

2018/2/7注目記事, 雑記

どこの業界、会社でも不祥事が起きた場合の改革案や改善活動で出てくる案の中に「意識改革が必要」などと記載されている場合が多いですよね。

働く人の意識自体を改革するといういわば人間社会の根本的な解決法かと思われます。

しかし私は「意識改革」をするよりも「何も考えずにできる方法」を考えたほうがいいと勧めます。

ではなぜ「何も考えずにできる方法」の方がよいのでしょうか。

他人の中身は簡単に変えることができない

「意識改革」を行おうとした人はわかると思いますが、人間一筋縄ではいかないのがこの世の中。

人間ですからどうしても楽な方向に走ってしまう精神が出てしまったり、以前の方法が良いと新しい方法にすんなり切り替えられない等あります。

私も自分の会社でいくつか「意識改革」を行おうと改善案を提出してきました。

いくつかは採用されて実際にトライしてみたものの、やはり周りの社員の意識はなかなか変わらずに結局自然消滅的に改善案は無くなってしまいました。

そういった経験からそもそも人間の意識にアプローチするということが甚だ間違っているという結論に至りました。

大手企業なら社員が数千人いる中で全ての社員の意識改革などそもそも無理なのです。

 

考えさせる余地を与えてはならない

意識改革というのは実は曖昧な面があると私は考えています。

人間の考えることはそれぞれの育ってきた環境や生い立ち等のバックボーンや性格でそれぞれ違うと考えており、十人十色です。

わかりやすいように数学で例を出してみましょう。

【答えが5になるように式を作ってください】という問題があるとします。

この問題の答えは一つではなく複数あります。

1+4、2+3、1×5  etc…

出題者の出してほしい解答は1+4としても上記の通り複数の答えがあり、皆が皆1+4という答えにたどり着くことはほぼありません。

このように一人一人考えが違う中で一つの統一的考えに収束させるというのは大変難しいです。

ということで私は意識改革をするのではなく、何も考えずに機械的に作業をすることで効率化できる方法を考えることにしました。

何事もシステマティックにできるよう設計する

何事も中身を各々の判断に任せるのではなく誰がどうやっても最終的にベクトルが同じ方向に向くようなシステマティックな設計を行うと意識改革なしで統一することができます。

一番わかりやすい例としては家電の取扱説明書がわかりやすいですね。

据え置き型時計の時刻を設定する方法が取扱説明書に書いてあるとします。

「Aのボタンを押して時間を合わせ、Bのボタンで分を合わせてください。最後にCのボタンを押すと設定完了です。」

取扱説明書にこのような文章で説明がされていると、100人中100人が時刻の設定をすることが出来ますよね。

説明の中に考えさせる要素が一つもなく、順番通りにボタンを押していけば設定が完了できるので何も考えなくても済むということです。

 

改善案でも考え方は同じ

例えば書類作成の改善案を考えた時にシステマティックな設計にするためにはどうすればよいか。

少ない手数で書類を完成することが出来るようなツールやソフトウェアを用意すると良いです。

ボタンを順番どおりに押していくことで書類が自然と作成できるような環境を整えてあげることでそれぞれの考えが違った場合でも同じ書類ができます。

手順を簡素にかつ簡略化することが出来ると書類作成にかかる稼働が大幅に減少し、お偉いさんが大好きなコストカットが達成できるという算段です。

(大体提案をジャッジする人はコスト面ばかりに注目しており、中身なんてどうでもいいんですよね。)

 

まとめ

人間は各々が自我を持ち、それぞれが考え行動して人生を生きています。それぞれが自分の考えで行動している中で「意識改革」はとても難しいです。そんな状況で無理に「意識改革」で目的を達成しようとするのではなく、考え方を変えて誰でも同じ結果になるように導ける方法を考える方が成功率も高いですし、何かを考えさせるよりも簡単にベクトルを揃えることが出来ます。

 

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Posted by K.A